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谷崎潤一郎『刺青』

『刺青』は一九一〇年に同人誌『新思潮』に発表された短編小説。谷崎本人は『刺青』を処女作としているけど、実は、その一年前に『一日』という短編を別の文芸雑誌に投稿したという記録が残ってた。どうして谷崎はその作品をなかったことにしているのだろう…。調べてみると、『一日』は握りつぶされてボツになった作品で、しかもそのせいで谷崎はしばらく神経衰弱になったとのこと。なるほど確かに、そんな過去は消し去りたくなるかも。

刺青・秘密 (新潮文庫)

刺青・秘密 (新潮文庫)

 
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あらすじ

名手である彫り物師の清吉は、「光輝ある美女の肌」に自らの魂を彫り込むことを長年の宿願としていたが、それに見合う女をなかなか見出せずにいた。ある時、駕籠の簾から女の美しい足がこぼれているのを見つけ、その足を持つ女こそ待ち望んだ女だと確信した。

清吉はその女に、生贄として処刑される男を紂王の寵妃・末喜が眺める場面と、桜の幹にもたれながら男たちの屍骸を見詰める若い女の絵を見せた。怯えていた女も、次第に画幅の中の女と表情が重なっていく。女を麻酔で眠らせた清吉は、彼女の背中に大きな女郎蜘蛛の刺青を彫っていった。

眠りから覚めた女はすでに魔性の女になっていた。疲れ果てた清吉に対して「お前さんは真先に私の肥料になったんだねえ」と、勝ち誇った声で言う女の背中は、朝日を受け美しく輝いていた。

絶好のタイミング

谷崎潤一郎のキャリアはここからスタートする。この短編が世に出る前の日本文学では、島崎藤村などで知られる自然主義文学*1が主流だった。だけど、ちょうど『刺青』の発表と同じ時期に「三田文学」や「スバル」などの文学雑誌が登場し、反自然主義文学*2が少しずつ広がっていたときでもあった。そんな絶好のタイミングで小説の世界に入った谷崎潤一郎、耽美的な作風がじわじわと評価され文壇におけるその地位を確立することになる。時期を見定めていたのか、それともただの強運か。どっちにしてもすごいなぁ...。

文章の艶やかさ

『刺青』は20分前後で読めるくらいの短編だけど、その中身はとても艶やか。一番印象に残っているのは、清吉がずっと願っていた女に出会った場面。駕籠からこぼれた足の美しさに見惚れるシーン。

拇指から起って小指に終る繊細な五本の指の整い方、絵の島の海辺で獲れるうすべに色の貝にも劣らぬ爪の色合い、珠のような踵のまる味、清洌な岩間の水が絶えず足下を洗うかと疑われる皮膚の潤沢。この足こそは、やがて男の生血に肥え太り、男のむくろを蹈みつける足であった。

[出展]谷崎潤一郎『刺青・秘密』新潮文庫

「綺麗な足」をどうやったらここまでキラキラと色鮮やかに説明できるんだろう…。文章を読んでいるだけなのに、触れた感覚まで味わえるような活き活きとした文章。すごいなぁ。こんな作品を処女作で、二十四歳で作り上げちゃう谷崎潤一郎。どういう人生を歩んでいたんでしょうかねぇ...。

 

『刺青』は処女作(谷崎がそう言い張ってるだけ)だが、その作品の中には谷崎文学の特徴がたくさんある。例えば、肌や足へのフェティシズムやマゾヒズム、『陰翳礼讃』にも見られる日本の古典回帰、色とりどりな耽美主義的文章などなど。その谷崎文学のつぼみは、これから長い年月をかけてすくすくと成長し、やがて豪華絢爛な花を咲かせる。その成長を眺めるのも彼の作品の楽しみだったりするなぁ。

*1:自然主義文学とは、自然の事実や法則を重視して「真実」を描く文学のこと。だから、あらゆる美化を認めていない。

*2:反自然主義文学とは、自然主義文学を批判した一派のこと。もっと細分化されていて、例えば、耽美派や余裕派などがある。

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